「活動報告」カテゴリーアーカイブ

2017年度ジャパンボウル入賞者の日本研修旅行に協力(2)

1.入賞者歓迎レセプションに参加

7月25日(火)午後6時45分から、アメリカ大使館のアメリカンセンターで、ジャパンボウル入賞者、KAKEHASHI 研修旅行一行の歓迎レセプションが開催されました。このレセプションは、ワシントンDCの日米協会とアメリカ大使館の共催で、私達JBSGメンバーも招待され、高校生や関係者の方々と交流してきました。

今年はアメリカの政権が変わったせいか、会場内への持ち物が大幅に制限され、携帯電話やカメラの持ち込みが許可されなかったので、写真の撮影ができませんでした。そのため、レセプションの様子を写真でお伝えできませんが、高校生達は連日の猛暑にも負けず、お揃いのTシャツ姿で元気に会場に入ってきました。

ジェイソン・P・ハイランド首席公使の歓迎の辞、東京の日米協会会長藤崎一郎氏の祝辞、さらに、高円宮妃殿下久子様の歓迎の辞で、会場は大いに盛り上がりました。25年に及ぶジャパンボウルの活動が着実に実を結び、日米親善の役割の一翼を担っていることを、来賓の方々の言葉からも十分に感じ取れました。

ジャパンボウル入賞者で、現在日本で活動しているOBの方も招待されていて、何人かが後輩の来日を歓迎するスピーチを披露してくれました。彼らのスピーチの上手さは際立っていて、堂々とした姿に高校生達は憧憬の眼差しを向けていました。

その内の一人Tang-En Yenさんとお話することができました。彼は2008年のジャパンボウルに出場し、その後カリフォルニア大学デービス校でコンピューターサイエンスとエンジニアリングを学び、2014年に来日、楽天を経てkarabiner.incのDevOps(開発と運用)で開発に携わっている(当時)とのことで、ジャパンボウルの経験はとても貴重だったと、誇らしげに語ってくれました。

パーティーの間中、高校生達は彼の周りを取り囲み、皆の顔には笑顔があふれていました。高校生達にとって、日本で活躍する先輩達と直接話ができる機会が持てたことは素晴らしいことだったのだと強く感じました。

美味しいお料理を食べながら、日本語での会話を楽しみ、全員で写真を撮り、和やかなうちにレセプションは幕を閉じました。

2.ちゃんこ料理と江戸東京博物館見学

7月26日(水)、Kakehashi Projectsの一行は、午前中に研修旅行の報告会、総理官邸での表敬訪問を済ませ、成田から帰国の途に就きましたが、最上位レベル(レベル4)優勝2チームの5名は、28日まで東京に滞在しました。JBSGは、事前に東京でのホームステイ先を探す労を取り、26日の午後には数時間を使って彼らと一緒に過ごしました。

暑い真夏の東京で何処に案内しようかと思案した挙句、今年はJBSGメンバーに人気が高い、「江戸東京博物館」を見学してもらうことにしました。このプログラムには、24日の交流会にも参加して下さったJNSA「高円宮杯中学英語弁論大会」出場者OBの方々5名にも加わっていただきました。

両国にある博物館ですから、やはり昼食は両国でと考え、両国と言えば、国技館、お相撲という流れで、駅に隣接する「江戸のれん」内の「ちゃんこ霧島」でちゃんこ料理を食べました。

熱い鍋物で大丈夫かと心配しましたが、店内は冷房が効いていて、野菜、お肉たっぷりのちゃんこ料理は、バテ気味の体にも美味しく味わえました。

江戸のれんの中には実物大の土俵や、江戸情緒のあるお土産屋さんが並び、我々も喜んで散策しました。

食後徒歩数分で、江戸東京博物館に到着し、5階、6階の常設展で江戸時代の街並みや暮らしぶりを見てもらいました。江戸ゾーンでは英語のガイドをお願いし、小一時間、効率よく博物館内を動いて楽しんでもらいました。

その後、5階の東京ゾーンに移動し、江戸から東京へ時代の流れとともに変貌する様子を見学しました。東京ゾーンでは,JBSGのアドバイザーの久野明子さんに、案内と解説をお願いしました。

ここには鹿鳴館の模型があり、鹿鳴館の建物と庭園を上から見渡すことができます。さらに時間で建物の屋根がスライドしてライトがつき、なかで舞踏会のダンスが再現される仕掛けになっています。

会場が広いため、途中から集合場所を決めて自由に見学してもらいましたが、最後は全員相当くたびれました。(一人の学生さんが、博物館に入った直後から暑さと疲労のせいで気分が悪くなり、ずっと休んでいて心配しましたが、帰る頃には良くなり安心しました。)

江戸東京博物館見学終了後、5名の学生さんは、それぞれ3軒のホームステイ先までJNSAの学生さん達に付き添われて移動しました。

日本研修旅行も8日目となったこの日、うだるような暑さの中での江戸東京博見学が楽しかったのかどうか、元気な表情を見せてくれる優しい高校生達ですが、疲れが出ないかどうか少々気になりました。最後にまたいつか日本で会える日が来ることを願って別れました。

2017年度ジャパンボウル入賞者の日本旅行に協力(1)

2017年4月のジャパンボウルで入賞した28名の高校生が、外務省が推進する青少年交流のための「KAKEHASHI Project」と「Mazda Foundation」によって、7月18日から26日まで日本に招聘されました。レベル4(最上位レベル)の優勝2チーム5名は、さらに延長して、29日まで滞在しました。

ジャパンボウルサポーターズグループ(JBSG)が、東京で協力をする前までの一行の足取りを、書いておきます。

一行は19日に成田に到着、20日から23日まで長崎に滞在しました。この間、県立美術館で開催されたスタジオジブリ・レイアウト展を皮切りに、醤油工場を見学し、大浦天主堂や平和公園を訪れ、長崎県立大付属高等学校の高校生達と交流し、大村市でホームステイをしました。

大村市では、郷土料理の大村寿司作り、草スキーや竹馬乗り、着付けの体験をし、23日午後に東京に移動しました。

東京では、同世代の学生さん達との交流、アメリカ大使館主催のレセプションに出席、国会議事堂の見学をして、ジャパンボウル名誉総裁の高円宮妃殿下を表敬訪問しました。

私達JBSGは、東京での数日のプログラムに参加するとともに、独自に企画して、もてなしました。以下順にご紹介いたします。

JBSG主催の交流会

7月24日(月)の10:00-13:30まで、日本女子大学桜楓2号館 (東京都文京区目白台)において、交流会として茶道と折り紙のワークショップを行いました。茶道の講師は、裏千家の綿貫宗栄先生にお願いしました。

参加したのは、アメリカの高校生28名と付き添いの2名の先生、日本側からは、高円宮杯英語弁論大会出場経験者の大学生、日本女子大学の大学生・高校生達11名、会場設営や茶道のアシスタント等のボランティアとしてJBSGの協力者、それにKAKEHASHI Projectを主催する日本国際協力センター(JICE)の方々とJBSGのメンバーで、総勢60名近くになりました。

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開会の辞の後、アメリカの高校生達は受付で引いたくじにより、最初に茶道、後で折り紙を体験するグループと、逆に折り紙の後で茶道を体験するグループに分かれて、ワークショップが始まりました。

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茶道の部

茶道は、会場内にあるお茶室で1席15名、綿貫先生の歯切れのよい語り口で、茶道の概要、掛け軸、お花、器、お点前の意味や所作等が説明され、お点前を一通り見てもらいました。

客人役のJBディレクター神尾りささんの和服姿が、普段とは全然違うので、学生さん達から大きな歓声が上がりました。


当日は裏千家の玉置正子先生(日本文化スポーツ振興会監事)にも来ていただき、いろいろ助けていただきました。先ず、お点前の実演で3名にお茶を出し、残りの12名には水屋でお茶をたて、お運び役が美しい所作で順々に運び、全員にお茶を味わってもらいました。

お茶室での正座には、流石に閉口気味の学生さん達でしたが、意外にもお茶は美味しいと大好評でした。丁度長崎で着付けの体験をしたこともあり、和服姿で行う茶道の実演は楽しかったようです。皆の楽しんでいる様子をとくとご覧ください。

折紙の部

一方、折り紙のワークショップも予想以上に好評でした。

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最初に簡単な折り紙の歴史や、現在も使われている折る文化をスライドで説明しました。

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会場の隅にコーナーを設け、JBSGのメンバーが事前に折った作品を並べて置き、どの作品を作りたいかを決めて、各作品を実演するテーブルについてもらうように設定しました。

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指導するのは我々JBSGのメンバー達で、交流会直前に集まって特訓し“俄か講師”を務めました。アメリカの高校生の中で、折り紙の存在を知っている人はかなりいて、2016年にオバマ大統領が広島を来訪された際、“折り鶴”を折って持参されたエピソードも相まって関心が高まっているようでした。

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当初、男子学生さんには不評ではないかと心配しましたが、全員楽しそうに挑戦していました。跳ぶカエル、手裏剣等が人気を呼んでいました。

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また、韓国系のアメリカ人で、私達講師役も知らない”バラの花“を見事に折る器用な学生さんがいて、逆に我々日本人が彼女に教わる場面もありました。

この折り紙ワークショップは日本の学生さん達にも参加してもらい、教えたり教わったりと自然に交流が生まれ、会場は賑やかな笑い声に包まれました。

2つのグループともに茶道と折り紙の体験が終了したところで記念写真を撮影しました。

その後、ビュッフェ形式の昼食会となり、各自好きな食べ物を自由に取って、懇談しながら日本の食事を楽しんでもらいました。長崎で大村寿司を作る体験をしているので、酢飯にもすっかりなじんでいる様子でしたが、今年も1番人気はやはりカツサンドでした。

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最後はJBSGからのプレゼントとして、今回は全員に折り紙セットを贈りました。
学生さんからは、お礼のご挨拶と、ジャパンボウルグッズをいただき、交流会は無事終了しました。

第2回JBSG主催の講演会を開催

予告でお知らせしたように、2017年5月20日(土)に、渋谷男女平等・ダイバーシティーセンター(アイリス)で、JBSG主催の第2回講演会を開催しました。今回は、日米協会副会長の久野明子さんに、「日本初の女子留学生大山捨松―その生涯と先進性―」というタイトルで講演していただきました。

講演に先立ち、ジャパンボウル大会の最新の情報と今後の予定などをジャパンボウル(JB)ディレクターの神尾りささんが紹介し、続いて昨年度のJBSGの活動を代表の杉本昭子さんが報告しました。
さて本題の講演です。歴史好き、特に幕末から明治にかけての時代に興味のある方達の、期待に満ちた眼差しの中で、講演は始まりました。

久野明子さんは、「日本の女性で最初にアメリカの大学を卒業した人は誰?」というアメリカの友人の問いかけがきっかけとなり、曽祖母である大山捨松の波乱に満ちた人生の軌跡を調べ、「鹿鳴館の貴婦人 大山捨松」(中公文庫)を執筆されました。

今回の講演はその時に集めた資料や写真をもとに、捨松の生涯を動乱の明治という時代背景を踏まえて紹介し、彼女の生き方から「先進性」に焦点を当てて、お話されました。

大山捨松は会津藩士の娘として1860年に生まれ、8歳で戊辰戦争(会津戦争)を体験します。このあたり、NHK大河ドラマ「八重の桜」を思い出しますね。もっとも八重は戊辰戦争の時すでに23歳でした。山川さき(捨松の幼名)も籠城して負傷兵の手当てなどを手伝っています。

さて、捨松は11歳で明治政府の命を受けて渡米し、19歳で東部の名門大学であるヴァッサー・カレッジ(当時は女子大学)に入学します。下の写真は留学時のもので、右端が捨松です(Wikipediaより)。

次の写真は1862年当時のヴァッサー・カレッジと現在のヴァッサー・カレッジ(Main Building)です。キャンパスが美しいことで有名です。

捨松は優秀な学業で学生生活を過ごし、卒業生総代で演説するほど活躍します。卒業後はさらにコネチカット看護婦養成学校に一年近く通っています。その後、10年にわたるアメリカ留学を終えて、1882年に帰国します。次の写真は帰国報告のために参内したときの写真(Wikipediaより)。

帰国後、薩摩藩士であった陸軍卿大山巌氏に請われて結婚、鹿鳴館の華と謳われ、華族女学校設立や、津田英語塾(津田塾大学)設立にかかわり、日本の女子教育の向上に腐心し、日露戦争勃発時には、日赤篤志看護婦人会理事として救援活動を行います。このような経歴を聞けば、華麗な人生を謳歌したと思いがちですが、違うんです。次の写真は鹿鳴館時代のもの(Wikipediaより)

当時の日本は欧米に比べ近代化が大きく遅れ、開国したばかりの明治政府は右往左往している時代でした。11歳で渡米した賢明な少女は、自由で民主的なアメリカでのびのびと育って行きます。言葉は日本語より英語が堪能で、価値観も考え方も日本とはまるで異なっていました。「八重の桜」では、ハーフの水原希子がそんな捨松を演じていましたね。

政府により選ばれた国費留学生としての自負と気概を持って、頑張り続けた10年の後に、日本に帰ってみれば彼女達に期待されていたポストは皆無という状態でした。明治政府の女子留学生派遣の目的は、北海道開拓事業に必要な優れた人材(男子)を生む女性を育成するための実験台だったと久野さんは述べています。

アメリカで学んだことを役立てたいと考える捨松にとって、日本社会の構造は大きな壁となっていたはずです。しかし、彼女は国費留学生としての責務と義務、女性としての幸せを熟慮し結婚し、大山巌夫人としての立場でできる最大の社会貢献のあり方を模索していきます(寄付金集めのための鹿鳴館慈善会開催、有志共立病院看護婦教育所の設立援助、日本赤十字社での看護活動、女子英学塾、後の津田塾大学設立援助など)。
錦絵新聞に掲載された慈善会のようす(Wikipediaより)

彼女の行動の原動力となっているのは、時代を見据えた「先進性」にあると思います。ヴァッサー大学の卒業論文のテーマは、国際政治であり、総代で演説した論文は「イギリスの日本に対する外交政策」で、この演説はアメリカの新聞でも大きく取り上げられたほどでした。

先進性を持つには、物事を広い範囲から捉え、重要度を選択し、できるだけ正しい予測を立てる必要があります。捨松の生まれ持った能力と、アメリカ留学で得た幅広い知識が、彼女の先進性を作り上げたと考えられます。

講演はこのような内容でした。いつの時代でも、個人が置かれた環境の中で、様々な制約があると思いますが、制約を受けながらでもできる事、成し遂げられる方策をみつけ、進むべき道を歩む人の素晴らしさを感じ、その姿勢に少しでも近づけられたらと、思わず背筋を伸ばして講演を聞いていました。

講演後、質疑応答の時間を設け、お茶とお菓子をいただきながら、久野さんと参加者との交流を深めました。参加者からは講演に対しての質問、ご意見、さらに留学希望の若い学生さんからもいろいろな質問がありました。

日本初の女子留学生大山捨松―その生涯と先進性ー 

第2回JBSG主催講演会のご案内

JBSG主催の講演会を下記の日程で開催いたします。 講師に日米協会副会長の久野明子氏をお招きし、曾祖母にあたられる「大山捨松氏」の生涯をみつめ、幕末から明治維新の激動の時代を、凛として生き抜かれた一人の女性の生涯とその先進性について講演していただきます。急速に世界が内向きになってきた今、一人一人がどのように対応すべきかのヒントが得られるかもしれません。 ご友人をお誘いあわせの上奮ってご参加下さい。

日時:2017年5月20日(土)14:00~16:00 (開場13:30)

場所:渋谷男女平等・ダイバーシティーセンター(アイリス)       (渋谷区文化総合センター大和田 8F:渋谷区桜丘町23-21   ℡:03-3464-3395 渋谷駅から徒歩5分)          アクセス: http://www.shibu-cul.jp/access.html

参加費:1000円(学生500円)

申し込み先: akiko16suigmoto@gmail.com

講演: 久野明子氏 (日米協会副会長)

日本初の女子留学生大山捨松ーその生涯と先進性ー

昨今の若者は「内向き志向」といわれ、世界に羽ばたこうとするチャレンジ精神に欠け、海外に留学する学生の数が最近では著しく減少しています。 今から約140年前、わずか11歳で明治政府の命を受けてアメリカに10年間も留学した女性がいました。いったい何のための留学だったのか、アメリカで何を学んだのか、帰国後の彼女を待っていた日本の社会は?現代の日本人は彼女から何を学ぶべきか? 曽孫にあたる久野明子さんが当時の貴重な写真を紹介しながら、日本初の女子留学生大山捨松の隠された秘話について語ります。

講演に先立ち、15分ほどジャパンボウルの紹介、JBSGの活動報告を行います。また、講演と質疑応答終了後、講師を交えて懇談会を行います。

久野明子氏プロフィル

應義塾大学文学部卒。在学中、慶應-スタンフォード夏季交換留学生プログラムで渡米。卒業後、東京オリンピック組織委員会渉外部、米国オハイオ州政府東京代表などを経て、一般社団法人日米協会専務理事に就任、現在は副会長を勤める。

著書『鹿鳴館の貴婦人大山捨松』(中央公論社) 『昭和天皇最後のご学友』(中央公論新社)

訳書『華族女学校教師の見た明治日本の内側』アリス・ベーコン著(中央公論社 )

講演会チラシ

会場地図

 

 

 

 

 

ジャパンボウル入賞者の日本研修旅行に協力(3)

3)  歌舞伎座見学と歌舞伎鑑賞

レベル4(最上位クラス)の優勝チーム、カリフォルニア州モンタビスタ高校の3名は、Mazda Foundation の支援により、東京での滞在が数日延長されました。彼らは事前に東京で行ってみたい場所を選び、立教大学の学生さん達が案内役としてサポートし、東京見学を楽しみました。JBSGとしては、この期間に是非見学してもらいたい場所として歌舞伎座見学を提案し、歌舞伎座のご厚意を得てそれが実現しました。

歌舞伎座は、これまでに数多くの海外公演をしており、2007年にはワシントンDCの日米協会創立50周年記念事業として平成中村座が出演していることもあり、ジャパンボウルへの理解も深く、アメリカの高校生の見学に最大限の協力をして下さいました。普通では入れない、歌舞伎座の舞台裏、奈落見学や、楽屋訪問が許され、付き添いとして参加した我々も大変貴重な経験をさせていただきました。

舞台裏見学

8月12日(金曜日)、この日は丁度8月納涼歌舞伎で、出し物は三部構成になっています。我々一行は、第二部を観劇しました。そして第一部と第二部の幕間の時間に、舞台裏見学が許されました。初めて見る舞台裏、新装となった歌舞伎座の舞台裏は、想像をはるかに超えた広さと収納されている大道具、小道具の大きさに圧倒されました。圧巻は回転する舞台中央の奈落、装置や機材が並び、仕掛けの大きさと幕間の時間に大車輪で仕事をされている大勢の裏方の方々の心意気が素直に伝わってきて、一つの舞台を作り上げる大きな力を目の当たりに見ることができました。

楽屋見学

その後、坂東彌十郎さんの楽屋を見学させていただきました。ジャパンボウル優勝の高校生3名に付き添いが11名、14名の人間がゾロゾロと楽屋を訪問したので、彌十郎さんもさぞ驚かれたのではないかと思います。しかも、息子さんの坂東慎吾さん共々第二部にご出演になる大変忙しい時間にもかかわらず、にこやかに迎え入れて下さり、頭が下がりました。高校生には、歌舞伎の概要や、これから観劇する「納涼歌舞伎」が、古典歌舞伎とは一味違う「陽気でテンポのある新しい歌舞伎」であること、アメリカ公演の時の様子なども熱心にお話ししていただきました。高校生のみならず、付き添いの我々もすっかり魅了され、記念撮影をせがんで、少々はしゃいでしまいました。

歌舞伎観劇

3階席から見る舞台

八月納涼歌舞伎第二部の出し物は、「東海道中膝栗毛」と「艶紅曙拙(いろもみじつぎきのふつつか)」でした。

「東海道中膝栗毛」は、弥次郎兵衛(染五郎)と喜多八(猿之助)のお伊勢参りの道中記ですが、東海道から、なんとラスベガスまで飛んで行く、奇想天外の珍道中となり、あっという間にラスベガスの華やかなショーの中に放り込まれた2人の慌てぶりや、歌舞伎役者の演じるラインダンス、派手な音楽、きらびやかな舞台演出に圧倒されてしまいました。これが歌舞伎?と驚きながらもテンポの良さと、役者さん達の芸達者ぶりに引き込まれ、最後の宙乗りに拍手喝采して大いに盛り上がりました。そう、これが歌舞伎、まさに「かぶ(傾)く」なのだと納得し、いつの時代でも「かぶく」に挑戦している歌舞伎の一面が垣間見られました。

「艶紅曙拙」は、富士山の山開きで賑わう江戸の浅草が舞台で、江戸商人の様々な姿を披露する舞踊です。暑い夏に涼を売る商人達が登場し、江戸の風俗や慣習を伝えてくれる作品でした。数日前に私達が主催した交流会で、稀音家六綾先生から歌舞伎と長唄の関係を説明していただき、三味線と長唄の演奏を聴いたばかりの高校生達は、「これだ、これだ」と喜んでくれました。タイミングの良いことに、舞台には蝶々売り、朝顔売り、虫売りに加え、団扇売りも登場したので、先日手作りをした団扇が、江戸時代の風物としても理解してもらえたと思います。

こうして歌舞伎座見学と歌舞伎観劇は無事終了しました。歌舞伎の価値や芸術性がどれだけ伝えられたかは分かりませんが、日本の伝統芸能である歌舞伎を直に鑑賞し、舞台裏を見学し、役者さんとお話しをする機会を持てたことは、強い印象を残したと思います。

ここに、改めて歌舞伎座と坂東彌十郎さんをはじめ多くの方々のご厚意に深く御礼申し上げます。

 

ジャパンボウル入賞者の日本研修旅行に協力(2)

2)  ジャパンボウルサポーターズグループ(JBSG)主催の交流会を開催

Kakehashi Projectが用意した8日間のプログラム(日本国際協力センター:JICE作成)で、8月9日(火)の半日をいただき、ジャパンボウル入賞者を歓迎する、JBSG主催の初めての交流会を開催しました。高校生達が最も望んでいるのは、同世代の日本の若者達との交流だとの情報をもとに、日本の高校生や大学生に参加を呼びかけ、日米の学生さん同士が直接触れあい、交流できる場を提供することを目的としました。ちょうど夏休み期間中で、高校生の参加は難航しましたが、それでも日本女子大附属高校生4名、立教女学院高校生3名、加えて、東京大学と国際基督教大学の長唄研究会の大学生、大学院生12名、高円宮杯全日本中学校英語弁論大会のOBの大学生9名が参加して下さいました。
以下プログラムの順にその様子を簡単に紹介します。

日時:2016年8月9日(火) 10;00-13:30
場所:日本女子大学桜楓2号館
プログラム:
10:00 開会の辞
10:05-10:45 長唄・三味線の演奏とワークショップ
(稀音家六綾先生、東京大学、国際基督教大学長唄研究会)
10:45-11:30 手作り団扇のワークショップ
11:30-13:15 軽食をとりながらの交流会

①開会
天気予報で、今夏最高気温になると予想されていた猛暑のこの日、研修旅行の高校生が付き添いの先生、JICEの担当者、外務省担当者達と一緒に元気に会場に到着し、ほぼ定刻に会が始まりました。開会に先立ち、JBディレクターの神尾からJBSGの結成に至る経緯が紹介され、あらためて結成3年の時の流れを実感しました。

②長唄・三味線の演奏とワークショップ
三味線の稀音家六綾先生は、「希扇会」を主宰されていて、多くの大学で三味線の講師を務め、若い世代をはじめ、国内はもとより海外でも広く三味線の普及に尽力されておられます。JBSGでは六綾先生に協力していただき、交流会の幕開けに東京大学と国際基督教大学の長唄研究会の学生さん達による、長唄・三味線の演奏を持ってきました。今夏一番の暑さを記録したこの日、和服に着替えた学生さん達の長唄と三味線の演奏は、真剣さと若さがみなぎった素敵な音色を奏でました。

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最初に六綾先生から日本語と英語による三味線の歴史や演奏様式、歌舞伎における三味線の役割など、とても分かりやすくかつ興味深い説明がありました。要領を得た”しおり“も配布され、アメリカの高校生のみならず、我々を含めほとんどの参加者が初めて知る内容で、古代エジプト(ネフェル)からペルシャ(セタール)、モンゴル(ホーブスー)、中国(サンゲン)、沖縄(サンシン)と変遷して日本で根付いた三味線の由来は、壮大な距離と時間をしのばせて、三味線をあらためて見直す機会にもなりました。そしていよいよ演奏です。


ほぼ全員が、大学に入ってから初めて三味線に触れる「全くの素人集団である」と、六綾先生から念を押されていましたが、私達にとっては、溌溂とした素晴らしい演奏で、すっかり感激しました。途中で先生から曲の解説もあり、アメリカの高校生も興味深々の様子で聞き入っていました。また、紙芝居よろしく、先生の説明を絵で表した大きな紙を掲げ、理解を助ける工夫をしたプレゼンテーションに、研究会の学生さん達の心意気が良く伝わってきました。最後に全員で元気に「東京音頭」を合唱し、楽しい演奏が終了しました。

③記念撮影

演奏家の皆さんが正装している間に記念撮影です。皆の楽しそうな表情にご注目下さい。20160809-18

④ 手作り団扇のワークショップ
用意したもの
竹製の無地団扇
千代紙 糊 ハサミ
カラーペン
筆、墨
参加者全員に無地の団扇を配り、千代紙やカラーペンを使って自由に団扇に模様を付けてもらいました。コーナーに墨と筆を用意し、JBSG支援者の書家に協力してもらい、希望者には日本の文字を筆で書いてもらったり、自分で文字や絵を描いたりできる場所も設けました。最初はやや戸惑っていたアメリカの高校生達も、日本の学生さん達のやり方を見たり、指導を受けたりして、あっという間に要領を覚え、器用に千代紙を切ったりちぎったり、絵をかいたり、文字を書いたりと自分の団扇作りを楽しんでくれました。中には、自分の名前を漢字にあてはめ、「この字を書いて!」と頼みにくる人、好きな漢字を紙に書いて、「筆でこの空間にこのように書いて!」とリクエストする人もいて、会場は賑やかな雰囲気になってきました。

くじ引きで席を決めたおかげで、最初は戸惑い気味の日米の学生さん同士が、このワークショップを行うことで、作品を見せ合ったり、助言をしたりして、すっかり打ち解けてきました。完成した団扇は、私達の予想をはるかに超えた、自由で伸びやかな個性的な仕上がりで、若さの素晴らしさを痛感しました。

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⑤ 昼食をとりながらの交流会・三味線ワークショップ

「お腹すいた!」の無邪気な声にせかされて、コーナーにお寿司、カツサンド,唐揚げ、焼き鳥、温野菜サラダ、オードブル、果物、飲み物などを準備しました。img_0973また、今朝早く収穫したという数種類のミニトマトを、山のように抱えて持参してくれた、JBSGの協力者のおかげで、瑞々しくて美味しいトマトをカップに入れて彩よく配置すると、なかなかのお料理になりました。

連日のパーティー料理で飽きないか心配しましたが、予想以上に好評で皆積極的に取り分けてくれ、安堵しました。作ったばかりの団扇を見せ合ったり、メール交換をしたり、何やら楽しそうに会話を続けたりと、各テーブルがすっかり賑わってきてうまく交流しあっている状況がはっきり見て取れるようになってきました。大学生達の存在も大きく、彼らは日米両高校生達の会話のつなぎ手として、重要な働きをしてくれました。

お腹が少し満たされたところで、長唄研究会のご好意で練習用の三味線数棹を、会場に用意していただき、研究会の学生さん達が弾き方を指導して下さるワークショップが始まりました。最初は少し躊躇していた高校生達も、一人、二人と挑戦する人が現れると、自分もやりたくなるようで、最後は列ができるほどの盛況ぶりになりました。どの人も三味線の持ち方、撥の使い方などの説明や指導を受けると、それなりになかなか様になって行きます。説明はとても分かりやすく、習っている学生は皆真剣です。会場のあちこちで柔らかな三味線の音が響いていました。

④閉会

手作りペン皿

あっという間の3時間半でした。会の終わりに、JBSGのメンバー手作りの「ペン皿」を、プレゼントしました。これは、JBSGのメンバーと協力者達で作成したオリジナル作品です。付き添いの先生方には、抹茶茶碗をお渡ししました。

高校生の代表からは、心のこもったお礼の言葉と、今年のジャパンボウルのパンフレットやグッズをいただきました。

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ワシントンDC日米協会会長夫人、マロット裕子さんの遺志を継ぐ形で立ち上げたJBSGですが、メンバーとその協力者も合わせると総勢80名でこの交流会を無事に開くことができました。彼岸で彼女が喜んでいてくれるような気がしています。いつも応援して下さる皆様のご協力に感謝するばかりです。

明るくパワー溢れるアメリカの高校生達は、日本に来てどのような感想を持っているのでしょうか。彼らと交流した日本の高校生や大学生・大学院生は何を感じたのでしょうか。今だけでなく、数年後、数十年後にもその答えを聞いてみたい気がします。参加した日本女子大附属高校生達は、この交流会の模様を、「学校新聞」に掲載したそうで、その記事を読む機会がありました。”双方が日本語と英語を交えながら、一生懸命会話をし、何とか理解しようと向き合う真っすぐな気持ちがお互いにあることを感じ、それが格別に嬉しかった”こと、”外国人との交流というより、新しい友達とのおしゃべり”という感覚になるほど夢中で会話をした素敵な時間だった、と結んでありました。主催者として、嬉しい限りです。

JBSGの活動を知って、快く協力して下さった、稀音家六綾先生、東京大学、国際基督教大学の長唄研究会の皆様、高円宮杯全日本中学校英語弁論大会のOBの皆様に心から御礼申し上げます。また、日本国際協力センターから多大なご協力をいただきました。有難うございました。

 

 

ジャパンボウル入賞者の日本研修旅行に協力(1)

2016年4月のジャパンボウルで入賞した24名の高校生が、外務省が推進する青少年交流のための「KAKEHASHI Project」と「Mazda Foundation」により8月3日から10日まで日本に招聘されました。また、レベル4(最上位レベル)の優勝チーム3名は13日まで滞在しました。

一行は3日に成田に到着後、すぐに広島に移動して7日まで滞在し、マツダの工場見学、広島平和記念公園や平和記念資料館の見学、宮島観光、広島国際学院高校の高校生達との交流、ホームステイ体験、熊野の「筆の里工房」見学など様々な体験をしたのち、8日から数日東京で過ごしました。私達ジャパンボウルサポーターズグループは、東京での数日のプログラムに協力しました。以下順にご紹介いたします。

1)2016年度ジャパンボウル入賞者歓迎レセプションに参加

2016年8月8日(月)、ワシントンDC日米協会と在日米国大使館が主催する、ジャパンボウル入賞者達を歓迎するレセプションが、例年通りAmerican Centerにて開催されました。ジャパンボウルサポーターズグループからも5名が参加しました。

レセプションは午後6時から始まり、参加者の拍手の中でお揃いの青いTシャツ(今年は、ジャパンボウル・キャラクター“Kanji-Kun”と有言実行の文字)に身を包んだ入賞者24名が元気に登場です。

今年はジャパンボウル名誉総裁の高円宮久子妃殿下のご臨席があり、会場が一段と華やいでいました。ジャパンボウルディレクターの神尾りささんの歯切れのよい司会でテンポ良く進行してゆきます。アメリカ大使館公使の暖かい歓迎の辞につづき、高円宮妃殿下の慈愛に満ちた素晴らしいスピーチがありました。高校生のみならず臨席した私達も、妃殿下の力強いメッセージに感動しました。

続いて研修旅行に参加した高校生を代表して、レベル4優勝チームの3名がそれぞれ、広島で見学や体験した出来事を日本語で報告し、この研修旅行への感謝の言葉を述べました。そしてこの3名には高円宮妃殿下からメダルが授与されました。毎年のことながら、レベル4、つまり4年間の日本語学習で、ここまで日本語が話せるようになるためには、一体どの位勉強をしているのかと感心する見事な挨拶でした。

そして参加者全員で記念撮影、出来上がった写真は陽気な彼らの元気な姿を映し出しています。

Photo by US Embassy JAPAN
Photo by US Embassy JAPAN

ここからは、会場の端に設けられたテーブルに、美しく並べられた心尽くしのお料理、飲み物、果物、ケーキを自由にとりながらの歓談です。高校生達は積極的に高円宮妃殿下や日本の招待者の中に入り、闊達に受け答えしたり質問したりしていて、心から会話を楽しんでいる様子が傍からも十分に見て取れます。コミュニケーションの取り方のお手本を若い彼らから教わっている気がしました。歓談の合間には、藤崎一郎日米協会会長の祝辞、外務省をはじめこの「KAKEHASHI Project」に携わっている支援団体の代表の方々の歓迎の言葉があり、皆でジャパンボウルを勝ち抜いた高校生達を称えあいました。また、恒例になっている藤崎会長から高校生達に、ジャパンボウル顔負けの日本に関する高度なクイズが出され、回答を集計後、最高得点を勝ち取った高校生には、記念品が授与されました。また、今回はほぼ全員の学生さんが、この研修旅行で印象に残った体験やエピソードを日本語で語ってくれました。広島でのホームステイ体験、ホストファミリーとの交流、日本の高校生との交流、そしてお好み焼きに人気が集まっていました。

旅程の後半にあたるこの日、高校生達は旅の疲れも見せず、元気な笑顔で会場を終始明るく盛り上げてくれ、「日本が大好き!」と嬉しい言葉で私達を喜ばせてくれました。「また、日本に来ます!」「春、秋の日本にも是非来てね!」と声をかけあい、歓迎レセプションは幕を閉じました。

 

 

 

ジャパンボウルサポーターズグループ(JBSG)交流会を開催(2)

  • 講演とデモンストレーション

日本文化の香りとその体験 (西浦流 西浦喜八郎先生)

香道の西浦喜八郎先生をお迎えし、講演とデモンストレーションを行っていただきました。先生は香道、華道、書道、陶芸など幅広い分野で活躍され、日本の文化を世界に発信されていることでも著名な方で、ジャパンボウルに毎年協力して下さっています。

最初に香道の歴史を説明していただきました。香の文化は古代インドから中国を経て、仏教とともに日本に伝わった事、平安時代に宮廷で「香りを聞く」ようになり、室町時代に茶道、華道が盛んになると同時期に香道が体系化されたことなど、長い歴史を静かで優しい口調で簡潔明瞭にお話し下さいました。香道においては、香りは鼻で嗅ぐものではなく、身体の中で聞くものとのであること、聞香(香りを聞く)、組香(香りを聞き分ける遊び)があること、それぞれの作法や、茶道の作法との違いや共通点などの説明を聞き、それぞれ理にかなったものであることを知り、一同うなずきながら、ちょっと物知りになった気分になりました。

続いて組香のデモンストレーションがあり、参加者全員が2種類の香を聞き分ける実践に挑戦しました。みな自ずと姿勢がよくなり、香りを聞くために気持ちを集中させ、心地よい緊張と静けさを保ちながら体の中で香りを聞くように心がけました。香を焚いて下さる先生の流れるような美しい動作と、静かで真摯な眼差しを拝見し、香道の初歩の初歩を垣間見た気持ちになり、会場は穏やかな空気で溢れていました。

  • 歓談

お茶とお菓子を出して、西浦先生にも参加していただき、自由に参加者同士で歓談していただきました。僅かな時間でしたが、香道の一端に触れたこともあり、皆気持ちよく初対面の方々同士でも会話がはずんでいました。“楽しかった” “とても良い時間を過ごせた”、“これから香道を始めたい”などの声が寄せられ、西浦先生に感謝するとともに、参加者の皆様に喜んでいただけたこと安堵いたしました。


日頃JBSGを応援して下さる方々同士、お互いの顔が見えるようにと、企画した初めての交流会でしたが、とても暖かな会になりました。今後もこのような交流の場を設けようと考えておりますので、皆様次回の交流会にも是非ご期待ください。

ジャパンボウルサポーターズグループ(JBSG)交流会を開催(1)

11月14日に、西浦喜八郎先生をお迎えし、初めてのJBSG交流会を開催しました。当日は小雨交じりの生憎のお天気でしたが、皆さんの出足は好調で、会は定刻通り始まりました。
当日の模様をプログラムに沿って2回に分けてご紹介いたします。

  • JBSGの活動報告 (JBSG代表 杉本昭子)

2012年、ワシントンDCで開かれた第20回ジャパンボウル(JB)大会を見学した高校時代の仲間数名が、JBの意義やJBの面白さに感動して、日本からこの大会を応援するJBSGを立ち上げたのは2013年の11月でした。それからあっという間に2年が過ぎました。そこで2年の歩みを簡単に紹介しました。これまでの活動を項目にして挙げてみれば、わずか数行になりますが、それでも初めは漠然としていた目的が、少しずつ具体的な目標になり、活動の方向性が見えてきたと自負しております。また会場内のボードに今年来日したJB優勝者達の写真を貼り、レセプションやホームステイの様子を紹介しました。今後とも皆様のご支援を受けながら地道な活動を行っていこうと思っております。

  • ジャパンボウル(JB)の現状と将来 (JBディレクター、JBSGアドヴァイザー 神尾りさ)

今年で23回となるJBの様子が紹介されました。出場するアメリカの高校生達の真剣な勉強の様子、指導する先生方、毎年新たな問題を作成するスタッフや協力者、審査に関わる方々、スポンサーとしてJB大会を支えて下さる団体、企業の方々、ボランティアでゲスト出演して大会を盛り上げて下さるアーティストの方々などがスライドで紹介され、JB大会が多くの方々の協力で成り立っていることが実感できました。

また、“2007年大会入賞者の今”が紹介されました。2007年に日本に招聘された7名の高校生は8年後の今、皆優秀な若者に成長し、日本との係りを様々な形で持ち続けていることが分かり、JBの意義が再確認されました。また、2012年からはワシントンDCのみならず全米各地でJB大会を開催するプロジェクトが始動し、毎年その数を増やしていることが報告されました。これからますます発展していくJBを私達も力強く応援して行くつもりです。

今年度ジャパンボウル最優秀者3名が東京近郊で研修旅行

今年4月にワシントンDCで開催されたジャパンボウル大会で最高レベルの部で優勝した高校生3名(Lynbrook高校)が、Mazda Foundationにより招待され、8月8日~15日まで東京にやってきました。

ジャパンボウルサポーターズグループでは、“日本の伝統工芸を知ってもらおう”、“ホームステイを体験してもらおう”と、この研修旅行の一部に携わりました。その様子をお知らせします。

①日本の伝統工芸に触れてもらう:8月9日(日)
ちょうど東京青山の青山スクエアで「和暮らし大好き!集まれ女匠衆」の企画展が開かれていました。ここで女性職人の実演と体験もできるということで、青山スクエアに集合しました。日本全国の女匠衆達の作品が集められた一画では、脈々と受け継がれている伝統工芸の技法と新しい感覚の形と色彩、何より暮らしの中で実際に使われる伝統工芸品の持つ魅力に引き付けられました。3人の高校生は前日に日本に着いたばかり、しかも東京は連日の記録的な猛暑、さらに午前中は立教大学の学生さん達とお台場に行ったという強行スケジュールをこなしていたので、さぞ疲れたのではないかと心配しましたが、静かに店内を見学していました。
体験は3人の希望で「友禅染」の色挿しに決めました。ここで色挿しをした生地を、後日携帯のストラップに仕上げていただくという段取りです。東京手描友禅の方々の指導を受けながら、3人はほとんど躊躇せず、柄を選び、大胆かつ精密に見事に色挿し作業をやってのけ、指導者や私達を驚かせました。筆の使い方、ぼかしの技法など、日本語の細かな説明もしっかり理解している様子に、流石優勝者!と感心しました。

友禅染の色挿しに挑戦
友禅染の色挿しに挑戦
出来上がり。左の絵柄が表、右の絵柄が裏の模様になる。
出来上がり。左の絵柄が表、右の絵柄が裏の模様になる。
色挿しを体験した生地で作ったストラップ
色挿しを体験した生地で作ったストラップ

最後に青山スクエアのスタッフによる「日本の伝統工芸」に関する説明を受け、この見学を終了しました。元気な彼等はお土産などを買った後、立教大の学生さん達と渋谷へ繰り出して行きました。若さがまぶしい一時でした。そして8月末に可愛いストラップが完成しました。そろそろ帰国した彼らの手元に届いているはずです。

②鎌倉でのホームステイ:8月13日(木)~15日(土)
ジャパンボウルサポーターズグループのメンバーの自宅で、2泊3日の鎌倉での生活を楽しんでもらいました。鎌倉は史跡が多く、お洒落な街並みもあって日本でも有数の人気スポットです。折しもお盆の時期、日本のお盆の風習も体験してもらおうと企画しました。

先ずは鎌倉五山の一つ、寿福寺を見学しました。寿福寺は北条政子が1200年に創建したお寺で、北条政子と源実朝の墓所(鎌倉時代特有の横穴式墓所:五輪塔)があることで知られています。今回アメリカから来た高校生へと、ご住職のお計らいで特別に本堂を見学させていただき、文化財の脱活乾漆造の御本尊や達磨大師坐像を見ることができ、付添いの私達も感激しました。その後、裏手のお墓で日本のお墓参りを体験してもらい、さらに北条政子のお墓にも足を延ばしました。日本の歴史に詳しい普段はおとなしい学生さんが、北条政子と聞いたとたん、目を輝かせて記念撮影をし、源頼朝、義経とどんどん名前をだして、室町、鎌倉時代の話に発展、その博識ぶりを披露してくれました。夕方からホームステイ先のお庭でバーベキュー、夜には”お迎え火”の風習を見学してもらいました。翌日は報国寺や大仏殿を見学し、午後はお盆の法要に臨席してもらいました。その後、妙本寺やその近辺を散歩、気に入ったお店を見つけて3人は最後の買い物を楽しんでいました。

翌日、無事研修旅行を終えた3人は、大きな荷物を抱え、成田から帰国の途に就きました。彼らが何をどう感じたのかは、詳しくは分かりませんが、記録的な猛暑の中で、疲れも見せず元気に過ごしてくれて私達もほっとしました。日本語の堪能なこと、日本の歴史への興味と知識の多さに感心し、率直さと細やかな気遣いのある態度が印象的な、爽やかな高校生達との交流で、私達もたくさんの元気をもらいました。どうかこれから日米親善の担い手になって欲しいと心から思っています。