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響き合う物語

8月22日の毎日新聞夕刊の一面トップに、上のような記事が出ていました。掲載されている写真が、11月13日にJBSGが主催して行う映画会「PAPER LANTERNS」のポスターで使っている写真とほぼ同じものだったので、見た瞬間、ドキッとしました。あらら、どこかで「PAPER LANTERNS」の映画会?と一瞬思ったのですが、記事を読んでみると、ちょっと違っていました。

「風が吹くとき」などの監督としてよく知られている日系アメリカ人のジミー・ムラカミ監督は、最後はヒロシマを舞台にした作品を作りたいと、7年前に森重昭さん、写真のオバマ大統領が抱擁している人、を訪ね、広島で被爆したアメリカ兵捕虜のことをいろいろと聞き、映画の構想を練っていました。

風が吹くとき」は、イギリスのレイモンド・ブリッグズの絵本をもとにムラカミ監督が製作したアニメ映画で、1986年に製作され、1987年に日本で公開されました。見た人もいると思いますが、中年の夫婦が原爆投下後も防空壕として作った扉の後ろに逃げ込んだおかげで生き残るのですが、次第に原爆症に侵されて衰弱して死んでいくのを淡々と描いた、それだけに恐怖を感じる映画です。
(「風が吹くとき」デジタルリマスター版:アットエンタテイメント)

自らも被爆者である森さんと、日系二世としてアメリカで強制収容所に送られ、後にアイルランドに渡って「風が吹くとき」を監督したムラカミ監督の、原爆、放射能、戦争に対する共通した気持ちが共鳴した結果なのでしょう。ムラカミ監督は、森さんの仕事に一貫している人間愛を、アニメとして描きたかったのだと思います。

残念ながら、ムラカミ監督は2014年に80歳で鬼籍に入りましたが、その遺志を継いで、日本のプロデューサーが製作することになり、8月27日に広島市役所で記者会見が行われました。記者会見には、プロデューサーの宇田川東樹さん、脚本の冨川元文さん、キャラクターデザインのかわぐちかいじさん、それと森重昭さんが出席しました。被曝75年に当たる2020年の完成を目指しています。製作のためのキックオフ費用をクラウドファンディングで集めるということです。そのページがここにあります(映画製作の経緯、今後のスケジュールなどが詳しく書かれています)。
(画:かわぐちかいじ)

その森重昭さんが半生をかけて行った広島で被爆したアメリカ兵捕虜の調査と、その結果生まれたアメリカの遺族との交流を描いたキュメンタリー映画が「PAPER LANTERNS」です。11月13日の上映が待ち遠しいですよね。どうぞ、お誘い合わせの上、ご参加ください。申し込み込の締め切りは10月31日です。
今回の映画会のもう一つの目玉は、映画上映後に製作者のピーター・グリーリー氏と参加者とのフリートークの時間を設けていることです。森さんの活動の何が、アメリカ人映画監督達の製作意欲を掻き立てたのか、そんなことを知りたくなりますね。

ピーター・グリーリさんの略歴:
1942年米国生まれ。47年に来日、59年まで日本で過ごす。早稲田大で学び、ハーバード大で学士号と修士号を取得。ニューヨーク日本協会や米のテレビ局勤務、コロンビア大ドナルド・キーン日本文化センター所長、日米相互理解と交流を目指す民間非営利団体のボストン日本協会理事長などを経て、現職ボストン日本協会特別顧問。京都国際観光大使。米ボストン市在住。
ドキュメンタリー映画の脚本執筆や製作をおこない、最新作が「PAPER LANTERNS」。ニューヨーク・タイムズ、ウォール・ストリート・ジャーナルなどの多数の国際的な雑誌や新聞に寄稿するとともに、日本の古典ならびに現代文化イベント製作者として、歌舞伎、能、文楽および多くの映画、ミュージカル、演劇を米国に紹介している。日本語は堪能。

2018年の全米ジャパンボウル大会

2018年全米ジャパンボウル大会の様子と結果

第26回全米ジャパンボウル大会が2018年4月12日-13日に、メリーランド州チェビー・チェイスにある、National 4H-Conference Centerにて開催されました。今年は全米15州とワシントンDCのJapanesePlus及びメキシコの30の高校の67チーム、206名の生徒が参加しました。

クイズ大会の流れは例年どおりで、「メンバーブログ」の ”第24回ジャパンボウル大会“ に詳しく記載してあるので、是非ご覧ください。また、今年も外務省の「KAKEHASHI Project」で多数の入賞者が日本に招聘されることが決定しています。

大会の詳しい報告書がすでにアメリカ日米協会のページに公表されています。上記ページの「About」をクリックして、「Past  3 Years」をクリックすると、PDFファイルで見ることができます。このページから直接、見ることができるようにしておきます。

今年の結果は以下の通りでした。

レベル 2(日本語学習歴2年)

1位  クパチーノ高校(カリフォルニア州)
2位  スチュイヴェサント高校(ニューヨーク州)
3位  タウンゼンド・ハリス高校(ニューヨーク州)
4位  リンブルック高校(カリフォルニア州)
5位  トーマス・ジェファーソン高校(ヴァージニア州)

レベル 3(同3年)

1位  ラングレイ高校(ヴァージニアア州)          2位 スチュイヴェサント高校(ニューヨーク州)
3位  クパチーノ高校(カリフォルニア州)
4位 トーマス・ジェファーソン高校(ヴァージニア州)     5位  リンブルック高校(カリフォルニア州)

レベル 4(同4年)

1位  クパチーノ高校(カリフォルニア州)
2位  リンブルック高校(カリフォルニア州)
3位  スチュイヴェサント高校(ニューヨーク州)          4位  トーマス・ジェファーソン高校(ヴァージニア州)      5位 タウンゼンド・ハリス高校(ニューヨーク州)

各レベルで入賞チームを輩出したリンブルック高校が、素敵な映像を作っています。これを見るとジャパンボウルに懸ける高校生と先生の熱意、努力、チームの絆が見て取れます。また試合に臨む緊張、笑顔の表情などからジャパンボウル大会の様子が良く分かります。是非ご覧ください。

JBSG主催「PAPER LANTERNS」上映会のお知らせ

今日、8月6日は広島の「原爆の日」です。広島市中区の平和記念公園では、原爆投下時刻の8時15分に参列者が黙祷し、広島市長が「平和宣言」を読み上げました。その中で、「昨年、核兵器禁止条約の成立に貢献したICANがノーベル平和賞を受賞し、被爆者の思いが世界に広まりつつあります。その一方で、今世界では自国第一主義が台頭し、核兵器の近代化が進められるなど、各国間に東西冷戦期の緊張関係が再現しかねない状況にあります。」と自国第一主義への懸念を表明されています。

思い返せば2年前の5月27日、伊勢志摩でのG7を終えて広島に入ったオバマ前大統領は、アメリカ大統領として初めて平和記念公園を訪れ、原爆資料館を見学したのち、献花をして演説をしました。その折、日本被団協の坪井直代表と言葉を交わしたあと、一人の被爆者の老人を抱き寄せました。その写真が世界中に配信されましたが、日本では多くの人が、「この人はだれ?」と思ったようです。

この人、森重昭さんも、原爆投下により自らも被曝して九死に一生を得た被爆者です。ただそれ以上に、この場でオバマ前大統領が彼を抱擁したのには理由があります。森さんはその後、当時、12名のアメリカ兵の捕虜が広島にいて、被曝して死亡したことを知ります。しかしこのことはアメリカ側ではほとんど知られていませんでした。森さんは、勤めの傍ら40年かけて一人でコツコツと調査をして、捕虜がどのような経緯で広島に連行されたのかなどを調査し、その遺族を探し出していきさつを伝えていきました。

このことを知ったアメリカ人のバリー・フレシェット監督が、これを題材としたドキュメンタリー映画を作りました。彼の親戚(大叔父)が米兵の一人と友人だったからです。タイトルは「PAPER LANTERN」(灯籠流し)。

今回、JBSGはこの映画の製作者であるピーター・グリーリ氏を招いて、上映会を開催する運びとなりました。JBSGのアドヴァイザーである久野明子氏が、グリーリ氏と知己だからです。

映画会はまだ少し先の11月13日(火)ですが、忘れないように手帳に印をつけて、上のFAX申込用紙を使い、申し込みをしてください。当日、会場でお会いしましょう、お待ちしています。締め切りは10月31日です。

この映画の予告編です(英語版)。

世界各地に広がりをみせるジャパンボウル大会

こんにちは。ジャパンボウル・ディレクターの神尾りさです。ワシントンDC日米協会は、1992年から、米国ワシントンDCで「全米ジャパンボウル大会」を開催していますが、昨年からジャパンボウル大会はアメリカを飛び出し、世界各地で開催されるようになりました。今回はその展開について、ご紹介させていただきます。

2016年より東芝国際交流基金の支援を得て、欧州各国でジャパンボウル大会が開催されました。2016年11月にはポーランド、翌2017年3月には、セルビア、イタリア、イギリスでジャパンボウル大会が初めて開催されました。また欧州以外でも、2017年2月、メキシコにおいてジャパンボウル大会が開催され、米国以外のジャパンボウル大会出場者数の合計は300名にも及び、ジャパンボウルにとって飛躍の年となりました(下の方に、各国の大会の様子を載せてあります)。

欧州各国のジャパンボウル大会は、全米ジャパンボウル大会をモデルとして開催されています。外国語として日本語を学ぶ高校生または大学生が、2名または3名のチームとなり、日本語能力のみならず、日本の文化、習慣、歴史、地理、時事、対日関係などの幅広い分野について、その知識を競いあいます。私たちは、各国の主催者に対し、問題の提供、開催のためのノウハウなどをアドバイスしながら、ともに準備を重ね、大会当日には実際に現地に赴き、指導も行います。

欧州各地やメキシコのジャパンボウル大会では、全米大会と同様、予選の筆記審査の結果、上位3チームが決勝戦に進み(イギリス大会においては予選のみ行われました)、決勝戦は早押し、個人戦、チーム戦で行われました。出題された問題をいくつかご紹介します。

Q: 節分の日に、鬼に向かって投げるものは何ですか。
A:

Q: これは、清少納言の絵姿です。この人が書いた本で、 996 年ごろに出た本の名前は何ですか。日本語、またはポーランドで答えなさい。
A: Makuranosooshi / Zapiski spod wezglowia

Q: 除夜の鐘は、何回鳴りますか。
A: 108回

ジャパンボウルの目的は、外国語として日本語を学ぶ高校生または大学生に、挑戦的でなおかつ日本語学習を楽しめる機会を与えること、知識を試すのみならず、知識を得る場とすること、日本文化の体験や、日本人と会う機会などを提供すること、卒業後も日本語学習を継続し、日本との個人的関係を持続してもらうことなどです。

多くの学習者にとって、日本語を話したり聞いたりする機会は日本語の授業中に限られますが、そのような学習者が年に一度、各地から集合し、それぞれの知識を最大限に活用して切磋琢磨できるのが、ジャパンボウル大会の魅力です。

2017年11月には京都外国語大学の主催で、日本滞在が5年以内の留学生を対象にしたジャパンボウル大会が開催される予定です。また来年にかけて、新しくフランスやブルガリアなどでの開催も予定されています。

2020年の東京オリンピック開催の年には、全世界のジャパンボウル優勝チームが日本に集い、「知の祭典」を開始することを目指しています。

今後とも、皆様からのご支援、ご協力をお願い申し上げます。

2017年5月30日
神尾りさ
rkamio@jaswdc.org

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ポーランド・ジャパンボウル大会
開催日:2016年11月6日
主催:在ポーランド日本国大使館、ポーランド日本語教師会
会場:在ポーランド日本国日本大使館広報文化センター

メキシコ・ジャパンボウル大会
開催日:2017年2月5日
主催:国際交流基金メキシコ日本文化センター
会場:社団法人日本メキシコ学院

バルカン・ジャパンボウル大会
開催日:2017年3月26日
主催:ベオグラード大学、日本南東欧経済交流協会
会場:ベオグラード大学

イタリア・ジャパンボウル大会
開催日:2017年3月29日
主催:イタリア日本語教師会
会場:Instituto Virgilio, Milano

イギリス・ジャパンボウル大会
開催日:2017年3月31日
主催:ジャパン・ソサエティー (在ロンドン)
会場:マンチェスター大学

メディアによる紹介
2017年3月26日 セルビア現地ローカルニュース (PTC)
2017年4月  1日  時事通信

今年の全米ジャパンボウル大会

2017年全米ジャパンボウル大会の模様と結果

第25回全米ジャパンボウル大会が2017年4月6日-7日に、メリーランド州チェビー・チェイスにある、National 4H-Conference Centerにて開催されました。

4月6日が各レベルの予選で、筆記と面接試験が行われ、各レベルの上位チームが7日の本選に進みます。クイズ大会の流れは例年どおりで、「メンバーブログ」の    ”第24回ジャパンボウル大会“  に詳しく記載してあるので、是非ご覧ください。また、今年も外務省の「KAKEHASHI Project」で20数名の入賞者が日本に招聘されることが決定しているそうです。昨年同様、今年の夏に元気な彼らと日本で会えることを楽しみにしています。

さて、今年の結果です。

レベル 2(日本語学習歴2年)

1位  シルバークリーク高校(カリフォルニア州)
2位  トーマス・ジェファーソン高校(ヴァージニア州)
3位  リンブルック高校(カリフォルニア州)
4位  タウンゼント・ハリス高校(ニューヨーク州)
5位  シャコピー高校(ミネソタ州)

レベル 3(同3年)

1位  リンブルック高校(カリフォルニア州)          2位 トーマス・ジェファーソン高校(ヴァージニア州)     3位  グリッチェン・ウィトニー高校(カリフォルニア州)     4位 ウッドランズ・カレッジパーク高校(テキサス州)     5位  モンゴメリー・ブレア高校(メリーランド州)

レベル 4(同4年)

1位  タウンゼント・ハリス高校(ニューヨーク州)       同率1位  レイクブラドック高校(ヴァージニア州)       3位  イースト・ビュー高校(ミネソタ州)          4位  スティーブンソン高校(カリフォルニア州)       5位 ノースサイド・カレッジ・プレップスクール(イリノイ)

 

ジャパンボウルのLINEスタンプ「かんじ君」登場

ジャパンボウルのマスコットキャラクター“かんじ君”のLINEスタンプができました。

1セット40個、120円で販売していて、LINE STOREで購入できます。全ての収益はジャパンボウル大会に役立てられますので、LINEを使っている皆さま、是非ご利用下さい。

https://store.line.me/stickershop/product/1355458/ja

下 図のように、とても可愛い“かんじ君”ですが、“おはよう”や“お休み”のほかに、ジャパンボウル大会でよく出題される“オノマトペ”がたくさん組み込まれています。私もLINEの相手に薦め、皆で楽しんで使っております。「かんじ君」のかんじは、漢字、感じ、などいろいろな解釈ができます。漢字なのに漢字が入っていないと思ったあなた、実はなかなか深淵な仕掛けがあって、その鍵はどうも鉢巻きにあるようです。どうぞ購入してその辺のところも楽しんで下さい。よろしくお願いいたします。

手作りペン皿、手作り団扇、皆さまのご協力に感謝!

このホームページの“活動報告”にも書いてありますが、昨年行った交流会のイベントで、JBSGの活動を応援して下さっている多くの方々の協力を得て、ペン皿や団扇を作ってみました。作品の出来はともかく、作る側はとても楽しかったので、その模様を少し詳しくご紹介いたします。

1)ペン皿
昨年8月にジャパンボウルの優秀者24名が来日した際、アメリカの高校生達に手作りの記念品をプレゼントすることを決めました。例年、高校生達は各地の研修先で見つけたお気に入りの品々を沢山買い込んで、最後に東京にやってきます。私達が彼らと出会うのは帰国間近なので、できるだけかさばらず、軽いもの、さらに誰にでも作れるものという条件を付け、結局ペン皿を手作りすることにしました。

JBSG活動の協力者の中で、手作り作品を多く手掛けている方にお願いし、ボウル紙、、セロテープ、ボンド、ハサミ、和紙などの材料で、素人の我々にでも比較的簡単に作れるペン皿を考案していただきました。昨年5月半ば、メンバーと協力者合わせて十数名が集まり、考案者の方からの丁寧な指導を受けながら、ボウル紙の型紙に合わせ、好みの和紙を選んで初めてのペン皿作りに挑戦しました。1つ作ると様子が分かってきて、早い人は3個、遅い人でも2個のペン皿を作りあげました。

JBSGの協力者の方々からこれまで、「アメリカの高校生に役立てて」と、焼き物、玩具、浮世絵の切手、扇、装飾団扇などの品々を寄付していただいています。今回使用した和紙もその一つで、どれもそのまま額に入れて飾りたくなるような素敵なものでした。

こうして多くの皆様のご厚意とご協力の下、半日足らずで30個近くのペン皿が完成しました。出来上がった作品は、作った我々自身が欲しくなるような味わいのあるものに仕上がりました。ご協力くださった皆さまに心から感謝する次第です。


2)団扇
昨年8月にJBSG主催の交流会を開催した際には、アメリカの高校生達が、初対面の日本の学生さん達と自然な流れで交流できるようなワークショップとして、団扇作りを企画しました。真夏の日本で役に立ち、持ち帰りにもあまり邪魔にならず、比較的短時間で作品になるとの考えからです。

用意したのは、竹製の白地の団扇、カラーペン、和紙(千代紙)、糊、ハサミなど。部屋の一角に墨と筆でお好みの文字を書き込めるコーナーを設け、JBSGのメンバーや協力者の書家に待機していただき、学生さん達の要望に応える仕掛けをしました。いくつか見本を置いた方が作りやすいのではという意見も出ましたが、見本がない方が、自由に若い感性で楽しい作品になるだろうということになり、結局見本は置きませんでした。

予測は的中、最初の戸惑いは、隣の子に聞いたり教えたりしてあっという間に消え、見事に全員が素敵な団扇を作りあげました。墨と筆のコーナーには、「自分の名前を日本語で」「一番好きなこの文字を」「この位置にこの字を」など、具体的な要望を持った高校生達が並び、日本語の文字とその意味をよく理解していることがうかがわれ、さすがにジャパンボウルで好成績を取っただけのことはあると感心しました。カラフルな絵や和紙の模様の中に墨の線や文字がアクセントになってなかなかおしゃれな作品ができました。

このイベント、参加した大人達も喜んで”My UCHIWA”を作り、大いに盛り上がりました。写真の団扇は、書家のお一人が、学生さんに触発され、虹と日米の懸け橋を連想して作ってくださったJBSGのための団扇です。有難うございました。

 

ジャパンボウル出場の高校生TV番組に登場

7月14日(木) 午後7時58分~
テレビ東京「世界!ニッポン行きたい人応援団」

この番組は、世界にいる日本通の中からユニークな人材を見つけ出し、日本に招待して様々な体験をしてもらおうという内容です。

今回、ジ古民家ャパンボウルに出場したテキサスの高校生がTV局に見初められ、ジャパンボウル大会の模様と、日本での体験の模様が紹介される運びとなりました。ジャパンボウル大会や、出場する高校生達の様子などが分かると思いますので、興味のある方は、是非この番組をご覧ください。下記アドレスで番組の紹介をみると、彼女は日本の古民家に興味がある様子です。さて、彼女の日本通はジャパンボウル出場の特訓の賜物でしょうか? http://www.tv-tokyo.co.jp/nipponikitaihito/

放送日は過ぎてしまいましたが、アーカイブで番組紹介を見ることができます。

サクラとハナミズキの物語(3)

1915年(大正4年)、サクラの返礼として、タフト大統領からハナミズキの苗木が贈られました。植物学者スウィングル博士(W. T. Swingle)が、米政府代表として来日して、40本の白の苗木が東京市(当時)に手渡されました。

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写真はhttp://www.yasashi.info/ha_00014.htmより

40本の白の苗木は、日比谷公園に5本、都立園芸高校に2本、農水省果樹試験場沖津支場(清水市)に5本、そのほか東京大学理学部付属小石川植物園、繁殖のために羽根沢苗圃、野方苗圃など、全部で16か所に分植されました。2年後の1917年(大正6年)には、紅花種のハナミズキが12本、贈られてきました。これも日比谷公園、向島百花園などに分植されたそうです。

最初に日比谷公園で見たハナミズキの花、こんな歴史があったのですね。でもちょっと待って。白い花を咲かせていたハナミズキの木、細すぎませんか。1915年に植えられたのなら100年以上たっているので、もっと太いはずですよね。

日比谷公園は関東大震災で被災し、そのとき松本楼も焼失したそうです。当時あった運動場には被災者のための仮設住宅が建てられました(熊本地震のことが目に浮かび、胸が痛みます)。さらに太平洋戦争が勃発して東京が空襲を受けると、日比谷公園は軍用地となり、再建された松本楼は海軍省の将校官舎となりました。終戦後も日比谷公園は引き続きGHQに接収されて、接収が解除されたのは1951年(昭和26年)でした。

こんな混乱のためか、敵国から送られた木だったから伐ってしまったからか、定かではありませんが、日比谷公園のハナミズキは消失してしまいました。その後、ハナミズキの原木(つまり最初に贈られた木)を、東京都中野区在住の峰与志彦氏が探して、確かに原木だといえるのは、1.東京都立園芸高等学校(世田谷区) 白花 2本、2.農水省果樹試験場・興津支場(清水市) 白花 1本、3.東京大学理学部付属(小石川)植物園(文京区)白花 1本だと断定しました(手島悠介著「友情の二つの花 日米友好のハナミズキを探し求めて」岩崎書店、1997年による。調査は1990年)。

その後、興津支場のものは枯死、園芸高校の1本も1996年に台風で倒れ、小石川植物園の木も、下記のWebによると1990年代に雪害により裂けて菌が入り枯死して、切り株だけが残されたそうです。ちなみにこの切り株は、尾崎咢堂を記念した衆議院憲政記念館に展示してあるそうです(下のサイトに写真あり。かなり太いことが見てとれます。

東京大学総合研究博物館ニュース
http://www.um.u-tokyo.ac.jp/web_museum/ouroboros/v20n1/v20n1_ikeda.html

ということは、確実に原木といえるのは、現在では都立園芸高校の1本だけということになります。この原木は現在でも健在で、高さはおよそ8メートルあり、通常の街路樹として見かけるものの倍近くあるそうです。高校では、この原木から次の世代を作出してあちこちに贈っているそうで、現在ある日比谷公園のハナミズキも園芸高校の原木から作出されたものです。

下のサイトによると(写真も借りました)、1996年4月に高校のフェスティバル実行委員会がハナミズキ渡来80周年の記念に、原木の子を植樹したという立札があったそうですが、散歩したときは気が付きませんでした。

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NHKNews7のブログ 野村正育
http://www.nhk.or.jp/news7-blog/200/19257.html

その後も、2012年サクラを贈った100周年記念にアメリカからハナミズキ3000本が贈られ、代々木公園などに植樹されました。

2015年にはハナミズキ寄贈100周年を記念して、いろいろな行事が行われました。日米共同で記念切手も発行されています。

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2015年4月には、キャロライン・ケネディー駐日アメリカ大使が都立園芸高校を訪ね、ハナミズキの植樹をおこない、ニュースになりました。

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この写真は下のサイトよりお借りしています。
http://www.nippon.com/ja/column/g00270/
こちらには都立園芸高校の活動などが詳しく載っています。
http://www.engei-h.metro.tokyo.jp/zen/introduction/07.html
ハナミズキ百年祭の写真などの載った園芸高校同窓会のサイト
http://tokyo-engei.com/AlumniAssociation/hanamizuki100nensai-2.html

日本から贈られたサクラはポトマック河畔で美しく咲き誇り、世界的な名所となりました。見通しの良い河畔に植えられたというロケーションの良さのためでしょう。また、毎年3月27日には大統領夫人が植樹をして、よくメインテナンスされています。

それに比べると、アメリカから贈られたハナミズキの運命。彼我のメインテナンスに対する考え方の違いか、「木を植えることが将来を信頼すること」であるのに、それが一時期、持続しなかったからなのか、分かりませんが、ちょっと寂しい気がします。

でも都立園芸高校ではハナミズキの原木が大切に維持されています。その後も2015年の植樹を含めて二度、アメリカからハナミズキが贈られています。合わせて三代にわたって、アメリカからのハナミズキが校内に植えられているのを、嬉しそうにまた自慢げに語る校長先生と、生徒たちの日米親善の活動を上のサイトで見ると、気を取り直して「歴史は人なのだ」と日米の若い人たちにその歴史を託すために、活動を続けなければと思うのです。

サクラとハナミズキのお話は、あちこちのサイトに載っていますが、JBSGの活動のきっかけとなったのが桜まつりだということで、書いてみました。また、写真をお借りしたサイトには篤くお礼を申し上げます。

「ジャパンボウル」のブーとピンポーン!

「ジャパンボウル」というと、どうも多くの日本の人はアメリカンフットボールのことを思い出すようですね。

アメリカでは大学がフットボールチームを持っていて、日本の六大学野球のように大学同士が対戦して競い合います。日本の東京六大学や首都大学、関西六大学野球と違って、カレッジフットボールのゲームには学生ばかりでなく、近隣からも大勢の一般の人たちが大学構内にある競技場に集まります。シーズン終了後には成績優秀校が対戦する「ローズボウル」とか「シュガーボウル」というチャンピオン・シップ・シリーズがあって、またまた盛り上がります。ローズとかシュガーというのは開催地の特産品の名前です。
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日本でも「ライスボウル」というボールゲームがあって、学生代表チームと社会人代表チームが東京ドームで日本一の決定戦を行っています。ライスというのは日本の特産品ということでしょうね。

でもって「ジャパンボウル」の方はというと、1976年から1993年まで、アメリカのカレッジフットボールの東西対抗オールスター戦として、日本で開催された試合の名称として使われました。アメリカンフットボールの出前でしょうか。ですから今はもう行われていません。
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でもって私たちが応援している「ジャパンボウル」は、このページを見てくれている人はもう既にご存知のように、アメリカの高校生の日本語・日本文化の知識を競い合う全米大会の名前です。ですから、
whatisJapanBowlということになりますね。

日本ではこの高校生の知的ゲームの方の名称はまだまだよくは知られていないようで、JBSGとしては、その知名度アップに頑張っていかなければ、と思っています。